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野アザミの花が咲くころ
2007/05/22(Tue)


今年も野や山に、野アザミの花が咲く季節がやって来た。
野アザミの花を見ると、とても辛い忘れられない想いが浮かびあがる。

父は大正15年生まれで、10代の頃志願して、日本国家のために兵士となった。
海軍であった・・・
直ぐ終戦になり、帰国していた最中に爆撃に遭ったと聞いた。

下肢の脛骨に、稲妻の様な黒い痕が有ったのを憶えている。
この事に付いて後に、父の幼なじみの方から話を聞いた事があった。
5センチ程片方の下肢が短くなった父は、普通どおり歩けるようになるまで、物凄い努力を重ねたそうだ。

私が幼い頃から記憶する父は、
そんな姿はみじんも見られなかったし、又感じたこともなかった。

国家公務員であった父は、よく本を読んでいた。
小学校の頃の私にもよく「本を読めよ!」と言っていた。
又高校生くらいになった頃からは、「技術を身につけろ!」
とよく言うようになった。

この事に付いては、何故そう言うようになったのか、思い当たる節がある。

父は学問が得意で、上の学校に進学を希望していたが、家庭の事情でそれが出来なかった。
学校の教師が、父の進学を勧めに家庭まで来たそうだが、
祖父はそれを認めなかった、
と言うことを、おばから聞いた事が有ったからだ。

その頃の父の心境は、さぞかし「無念」であった事を察する。

手に職を付けることは、学歴とあまり関係無い、
技術はいかなる時でも、自分を支えることが出来る。
父の現状と「技術職」とを比べ、そう痛感したのだろう。

私の今の思いが届くなら
「お父さん、私はあなたの娘であることを誇りに思います!」
それから私の娘は、「自分のため、そして世のため人のために貢献できる立派な社会人となって、活躍していますよ!」と伝えたい。

父が今生と終期を戦った病室には、
母が飾った野アザミの花があった。

あれから21回目の、
野アザミの花が咲く季節が、また巡って来る。
                     六月二日


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